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大正デモクラシー

チャゲ

1.桂内閣と西園寺内閣
 (1)第一次西園寺公望内閣(1906.1〜08.7)
  ①衆議院の最大勢力である政友会を基盤
  ②日本社会党の結成(1906.1) 最初の合法的社会主義政党
  ③鉄道国有法南満州鉄道株式会社の設立
  ④韓国支配と国際協調
  ⑤社会主義運動への対応への批判・財政問題 → 総辞職
 (2)第二次桂太郎内閣(1908.7〜11.8)
  ①藩閥官僚勢力を代表
  ②「戊辰詔書」(1908.10)
   市町村体制の建て直し → 国民に勤労と節約を求める
  ③地方改良運動の推進
   入会地の解消・寺社整理・小学校の統廃合など
  ④大逆事件(1910.5)
   天皇暗殺計画に関与ありとして、幸徳秋水ら12名を死刑
  ⑤「韓国併合に関する条約」の調印(1910.8)
  ⑥新日米通商航海条約の調印(1911.2)
   (外相)小村寿太郎・・・関税自主権の回復
  ⑦工場法の公布(1911.3)
   最低年齢12歳、労働時間12時間など基準は国際水準以下
   → 15人未満の工場は適用外など不備が多い(1916 施行)
 (3)第二次西園寺内閣(1911.8〜12.12)
  ①辛亥革命の勃発(1911.10)
   → 南京に孫文を臨時大総統とする中華民国臨時政府の樹立
  ②明治天皇の死去、大正と改元(1912.7)
  ③陸軍の朝鮮配備の2個師団増設要求を内閣は否決(1912.11)
  ④陸軍大臣上原勇作の帷幄上奏
   → 陸軍は後任者の推薦を拒否 → 西園寺内閣は総辞職(1912.12)

2.第一次護憲運動
 (1)第三次桂内閣の成立(1912.12)
  ①元老は内大臣侍従長の桂太郎を後継に指名
  ②桂は詔勅に頼り、政党・議会を無視
 (2)第一次護憲運動(1912.12〜13.2)
  ①桂太郎の組閣に対し、陸軍・藩閥の専横を批判する運動
  ②「増師反対」・「憲政擁護閥族打破」
  ③中心:尾崎行雄(立件政友会)・犬養毅(立憲国民党)
  ④弁護士新聞記者実業家らの参加、全国各地で憲政擁護大会の開催
  ⑤桂は立憲同志会を結成して対抗 → 停会
  ⑥議会再開(1913.2) → 内閣不信任案を衆議院に提出
  ⑦桂は天皇を動かし、不信任案撤回を策す → 政友会議員総会は拒否
  ⑧護憲派の民衆数万人が議事堂包囲(1913.2/10)
   → 桂内閣は、53日で崩壊(2/11)「大正改変」
 (3)第一次山本権兵衛内閣(1913.2〜14.3)
  ①現役の海軍大将、行政・財政整理推進
  ②軍部大臣現役武官制の現役規定を廃止、
  ③文官任用令の改正、海軍増強
  ④シーメンス事件(1914.1)
   軍艦購入にからむ海軍高官の贈収賄事件 → 内閣総辞職

3.大正デモクラシーの思想
 (1)大正デモクラシー
  ①吉野作造・大山アリオ・佐々木惣一・長谷川コゼカン・石橋タンザンら
  ②明治憲法下において、普通選挙政党政治など民主主義的改革を要求する運動
 (2)『東洋経済新報』(石橋タンザン) 小日本主義
 (3)天皇機関説 美濃部達吉『憲法講話』(1912)
  統治権の主体は国家ではなく天皇、天皇はそれを実現し行使する機関
 (4)民本主義 吉野作造「憲政の本義を説いて其の有終の美を済すの途を論ず」(1916)
  政治の目的は民衆の利福、政治決定は民衆の意向に従うべきこと、普通選挙の実施、政党内閣の実現、軍部大臣現役武官制の廃止などを主張

朝鮮の植民地化

チャゲ

1.大韓帝国の植民地化
 (1) 帝国主義時代の国際秩序
  ①日露戦争後の日本 「帝国主義」外交の基本路線の確立
   イギリスとの軍事同盟を通じ帝国主義の一つの陣営に参加、それによる朝鮮・中国に対する侵略の遂行
  ②桂・タフト協定(1905.7)
   日本の韓国に対する保護権、米のフィリピン支配を相互に承認
  ③日英同盟の改定(1905.8)
   イギリスのインド支配、日本の韓国に対する「指導・監督及び保護」権を承認
  ④日仏協約
   フランスのインドシナ支配、日本の戦後経営への協力
  ⑤第一次日露協約(1907.7)
   南満州の支配をめぐる米との競争の表面化、露と協力し、満州の勢力範囲を二分
   日本の韓国に対する優越的地位の承認とひきかえに、露の外蒙古における特殊権益を承認
  ⑥英露協商(1907.8)
  ⑦第二次日露協約(1910.7)
   米の満州支配を阻止、既得権益の相互承認、侵略される場合の共同行動・援助
 (2)韓国の支配
  ①韓国駐留隊司令部の設置(1903.12)
   日露戦争の前提としての朝鮮半島の軍事的制圧
  ②日露国交の断絶(1904.2)
   → 臨時派遣隊の受け入れ準備
  ③日露開戦(1904.2)
   仁川沖の海戦、韓国駐留隊の韓国駐留軍への格上げ
   → 日露戦の後方確保、韓国民衆の支配
  ④日韓議定書(1904.2)
   日露戦争遂行上の諸便宜の提供要求(土地の収用、日本軍の行動の自由など)
  ⑤第一次日韓協約(1904.8)
   財政顧問に日本人、外交顧問に日本政府の推薦する外国人
  ⑥ポーツマス条約(1905.9)
   韓国に対する日本の指導権の承認
  ⑦第二次日韓協約(1905.11)
   外交権を奪い、韓国総督府を設置(初代統監 伊藤博文)

2.抗日運動
 (1)ハーグ密使事件(1907.6)
  皇帝は第二回万国平和会議に特使を派遣、独立を提訴
 (2)第三次日韓協約(1907.7)
  内政権を奪い、韓国に対する完全な支配、韓国軍隊の解散
  → 義兵闘争の高揚(1906〜11、2852回)
 (3)東洋拓殖会社の設立(1908)
  半官半民、朝鮮の土地運営、鉱工業経営
 (4)伊藤博文の暗殺(1909.10)
  義兵の指導者安重根がハルビン駅頭で射殺

3.韓国廃滅
 (1)「韓国併合に関する条約」(1910.8)
  韓国を朝鮮に改め、朝鮮総督府を設置(初代寺内正毅)
  総督は、陸海軍大将が任命され、天皇に直属、朝鮮駐屯の軍隊の指揮権
  法律に代わる「制令」の設定権
 (2)土地調査事業の実施(1910〜18)
  地主・土地会社の土地所有を保護、申告のない土地の没収、日本人への払い下げ

4.南満州と満鉄
 ①関東総督府の設置(1905)遼陽におく
 ②関東都督府の設置(1906)旅順におく
  → 関東庁(行政)と関東軍(軍事)に分離
 ③南満州鉄道株式会社[満鉄]の設置(1906)
  半官半民の国策会社、大連・長春間の鉄道、撫順・煙台炭鉱などの開発、鞍山製鉄所の設立(1916)

欧米文化と伝統文化

チャゲ

1.近代思想と学問
 (1)西洋思想の紹介
  ①植木枝盛『民権自由論』(1879)   平易に民権論を説く
  ②中江兆民『民約訳解』(1882)    ルソーの『民約論』の翻訳
  ③馬場辰猪『天賦人権論』        民権運動を指導
  ④田口卯吉『日本開化小史』(1877) 歴史の合理的叙述
 (2) 平民主義
  徳富蘇峰 民友社を創設、雑誌『国民之友』(1887創刊)
  貴族的欧化政策を批判 → のちに国家主義へと思想転回
 (3) 国粋主義
  政府の欧化政策、西洋崇拝を批判、日本の歴史・文化の優越性を主張
  ①三宅雪嶺・志賀重昂 政教社を創設、雑誌『日本人』(1888創刊)
   → 日本民族と文化の優越性の主張 → 国粋保存主義
  ②陸羯南 新聞『日本』(1889創刊)
   → 自らの立場を国民主義とよぶ
  ③高山樗牛 雑誌『太陽』(1895創刊)
   → 日本主義は日本精神の意味

2.小説と詩歌
 (1)写実主義
  ①坪内逍遥『小説神髄』、尾崎紅葉『金色夜叉』、二葉亭四迷『浮き雲』
  ②尾崎紅葉・山田美妙らの言文一致運動 → 硯友社の設立(1885)
 (2)浪漫主義
  ①森鴎外『舞姫』、樋口一葉『たけくらべ』、泉鏡花『婦系図』
  ②『文学界』(1893~98) 北村透谷・樋口一葉・泉鏡花ら
 (3)自然主義
  島崎藤村『破戒』、田山花袋『蒲団』、徳富蘆花『不如帰』、徳田秋声、正宗白鳥
 (4)反自然主義[高踏派]
  夏目漱石『吾輩は猫である』『三四郎』ほか
 (5)評論
  石川啄木『時代閉塞の現状』
 (6)詩歌
  ①『ホトトギス』(1897創刊) 正岡子規
  ②『明星』(1900創刊) 与謝野鉄幹・晶子
  ③与謝野晶子『みだれ髪』
  ④新体詩 外山正一・島崎藤村・上田敏
  
3.絵画と彫刻
 (1)日本画
  ①アメリカ人フェノロサの来日(1878)
  ②東京美術学校の設立(1887)
   岡倉天心・狩野芳崖(『悲母観音』)・フェノロサらの尽力、教授に橋本雅邦(『龍虎図』)
   門下に横山大観『生々流転』・下村観山『大原御幸』・菱田春草『黒き猫』ら
  ③日本美術院の設立(1898) 岡倉天心・橋本雅邦ら
 (2)西洋画
  ①工部美術学校の設立(1878) フォンタネージ(油絵)・ラグーザ(彫刻)
  ②西洋美術の確立 高橋由一『鮭』
  ③明治美術館の創立(1889)
   浅井忠『収穫』・久米桂一郎ら = 脂派と称す
  ④白馬会の結成(1896)
   黒田清輝『読書』・青木繁『海の幸』・藤島武二『天平の面影』 = 外光派
 (3)彫刻 写実主義
  高村光雲『老猿』・萩原守衛『女』・朝倉文夫『墓守』
 (4)建築
  工部大学校教師のイギリス人コンドル(ニコライ堂)
  辰野金吾(東京駅、日本銀行支店)、片山東熊(赤坂璃宮)
 (5)第一回文部省美術展覧会[文展](1907) (→ のち帝展)
 
4.西洋音楽と庶民
 (1)唱歌教育の開始
 (2)東京音楽学校の創立(1887年) 滝廉太郎らを輩出

重工業の発達と財閥の成立

チャゲ

1.三井と三菱
 (1)政商
  政府から種々の特権を与えられ、独占的な利益を得た商人
 (2)政商三井
  ①江戸の越後屋呉服店、京都・江戸の両替商
  ②新政府に貸付、太政官札の流通に協力
  ③三井銀行の設立 = 政府御用銀行 → 日本銀行の設立により特権を失う
 (3)政商三菱
  ①土佐藩の岩崎弥太郎 → 藩の海運と長崎貿易
  ②三菱商会 横浜・神戸・長崎・上海の幹線航路
   → 大久保・大隈らの保護により急成長、海上保険・荷為替金融・倉庫業などにも進出
  ③共同運輸とのはげしい競争 → 1885合併 = 日本郵船会社となる

2.財閥への道 鉱山経営
 (1)官業払下げ
  ①三菱・・・長崎造船所、高島炭鉱 (長崎)
  ②三井・・・三池炭鉱 (福岡)
  ③その他
   別子銅山(住友)
   小坂銅山(藤田)
   院内銀山(古河)
   足尾銅山(古河)
 (2)三井の発展
  ①事業の近代化 中上川彦次郎
   紡績製紙電気機械などに進出(鐘淵紡績・王子製紙・芝浦製作所)
  ②北海道炭礦鉄道の買収、日本製鋼所の設立 → 海軍の需要に応える
 (3)三菱の発展
  造船推奨法(1896)による保護 → 造船業を中心に成長

3.財閥の成立
 日露戦争前後、重工業中心、電力を利用(第二次産業革命)
 (1)鉄鋼業
  ①八幡製鉄所の拡張 国内生産の銑鉄の70%、鉄鋼の90%
  ②神戸製鋼所(1905)、日本製鋼所(1907)、日本鋼管(1912)など
 (2)工作機械・電気機械
  池貝製作所の旋盤、芝浦製作所・三菱製作所の発電機など
 (3)紡績業
  ①大日本紡績連合会の発足(1902) = カルテルの成立
  ②七大紡績(鐘淵・大阪・三重・摂津・尼崎・フジガス・大阪合同) → 生産の1/2
 (4)製糖業・捕鯨業・化学肥料など 企業合同 = トラストの成立
 (5)鉄道
  ①鉄道国有化(1906)
   民営17社を買収、鉄道の90%を国有化
   理由:軍事一貫輸送の実現、経営不振にある民鉄の救済
  ②45億円余の公債 → かなりの部分が三井・三菱へ
 (6)財閥の支配 = コンツェルンの日本的形態
  ①四大財閥・・・三井三菱住友安田
   ※住友・・・別子銅山の経営 → 海軍御用達
   ※安田・・・安田善次郎の両替商を起源、安田銀行で成長
  ②持株会社の設立 (三井合名・三井合資・住友総本店・安田保善社)
   金融・産業・商業取引を統一的に支配する同族支配のコンツェルン形態をととのえる
   
4.明治の社会主義運動
 ①社会主義研究会(1898) 片山潜・幸徳秋水・安部磯雄
  → 社会主義協会と改称(1900) → 解散(1904)
 ②社会民主党(1901)
  片山・幸徳・安倍ら、最初の社会主義政党 → 即日禁止
 ③平民社「平民新聞」(1903)
  幸徳秋水・堺利彦ら、日露反戦論を展開、1905解散
 ④日本社会党(1906)
  安倍・木下尚江、幸徳・堺利彦ら、最初の合法的無産政党、1907分裂
 ⑤大逆事件(1910)
  幸徳秋水・管野スガら12名を死刑
  → 以後、社会主義運動は不振、「冬の時代」へ

無題

てすとあかてすと
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