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米騒動と社会運動

チャゲ

1.越中の女房一揆
 (1)米騒動(1918)
  ①原因
   大戦景気による物価上昇シベリア出兵を見越した米の買い占め
  ②経過
   1918.7 富山県東水橋町や魚津町で、主婦らが米の県外積出しを阻止
   1918.8.2 シベリア出兵の宣言
     8.3 町の資産家や米屋に押しかけ、米移出禁止と廉売を要求
      → 「越中の女房一揆」との新聞報道
   1918.8.10 京都・名古屋の騒動 / 8.3 東京
    → 1道338県に拡大、70万人以上の民衆が参加(~9.12)
      神戸の鈴木商店焼き討ち、炭坑夫のダイナマイト騒動もおこる
      騒動の中心は工場労働者炭坑夫建設労働者被差別部落民
    → 政府は新聞報道を禁止、軍隊の出動で鎮圧
   1918.9 寺内内閣の退陣 → 原敬内閣の成立
 (2)産米増殖運動
  ①米騒動後、植民地の台湾や朝鮮で日本米の増産運動
  ②朝鮮では貧しい農民が土地を失って、日本本土へ渡航する者も生まれる
 
2.社会運動の展開
 (1)背景
  ①ロシア革命・国際連盟の設立 → 世界的な平和とデモクラシーの風潮
  ②米騒動・普通選挙運動 → 民衆の政治的な自営の高まり
 (2)社会運動の展開
  ①普通選挙運動
   1918 吉野作造の黎明会・東大の新人会の結成
   1919.2 日比谷公園で普選実施を決議、衆議院への請願
  ②労働運動
   1912 友愛会(鈴木文治の指導) = 労働者の修養団体
   1919 大日本労働総同盟友愛会と改称
   1921 日本労働総同盟となる
   --- 一方 ---
   1920.5 日本で最初のメーデー
   1921.3 足尾銅山争議 / 7 川崎・三菱造船所争議 → 軍隊の出動
  ③農民運動
   1922 日本農民組合(賀川豊彦・秋山元治郎らの指導)
   小作争議の指導 → 組織の拡大(1925 7万2000人)
  ④部落解放運動
   1922 全国水平社の結成(京都市岡崎公会堂)
  ⑤女性運動
   事務員・店員・タイピストなど職業婦人の増加
   1911 青鞜社(平塚明子)
   1920 新婦人協会(市川房枝・平塚雷鳥・奥むめお)
    → 治安警察法第五条の改正を要求(→ 1922実現)
   1924 婦人参政権獲得期成同盟(市川ら)
    → 婦選獲得同盟と改称(1925)
  ⑥社会主義運動
   1920 日本社会主義同盟(堺利彦・山川均・大杉栄など) → 1921 解散
   1921 赤瀾会(山川菊枝、伊藤野枝らの女性社会主義者)
   1922 日本共産党(山川均・堺利彦 = 非合法)
   
3.寄生地主制と農村
 (1)米の生産
  ①肥料の使用(大豆粕化学肥料)、足踏み脱穀機の普及
  ②作付面積・反当たり収量の増加
 (2)都市人口の増加 → 野菜・果樹の栽培
 (3)寄生地主制の進展
  ①小作地率45%(1912)、「千町歩地主」(全国に22家)
  ②大量の小作米取引、利益で肥料問屋・農機具店なども経営
  ③自作農・小作農の生産と生活を支配
  ④地域経済に大きな影響

日本資本主義の成長

チャゲ

1.第一次世界大戦と成金
 (1)成金
  ①第一次世界大戦時の好況投機によって、急激に資産をえた者
  ②川崎造船所初代社長松方幸次郎
   サラエボ事件 → 鉄鋼買い占め、ストックボートの販売、船鉄交換協定
  ③鈴木商店
   大阪の砂糖商辰巳屋を前身 → 鈴木岩治郎が受け継ぐ
   1894年、番頭の金子直吉が経営を指導
   台湾の樟脳販売権を獲得、砂糖貿易にも進出
   第一次世界大戦期、取引額は急増(1917 年間取引高は三井物産を上回る)
 (2)船成金
  ①内田信也
   1915 内田汽船の設立、政界進出
  ②勝田銀次郎
   1916 勝田汽船の創業(神戸)、政界進出
  ③山下亀三郎
   山下汽船(神戸)・水力電気事業
  
2.戦争と好景気
 (1)輸出の拡大
  ①中国などアジア市場への綿糸綿織物の輸出
  ②アメリカ向けの生糸の輸出
  ③ヨーロッパへの軍需品の輸出(97万挺余の小銃)
  ④日本は、輸入超過から輸出超過へ、債務国から債権国へと転換
 (2)海運業・造船業の発展
  ①日本の造船量は大戦前の7.5倍
  ②日本は米・英につぐ世界第三位の造船量
 (3)工業の発展
  ①1916年には鉱工業生産高が農業水産業生産高を超える
  ②中国への資本輸出 → 上海・青島などに紡績・織物工場の進出(在華紡)
  ③日本工業倶楽部の設立(1917)
   大産業資本家を中心に設立、経済・労働問題など政府に圧力
   
3.水力発電と化学工業
 (1)水力発電
  ①1915年、猪苗代~東京間の長距離高圧送電の成功
  ②1917年、全工業原動力にしめる電力の割合が蒸気力を上回る
  ③送電と電車交通網 → 京浜工業地帯の形成
 (2)化学工業
  ①ヨーロッパからの輸入の途絶 → 肥料染料医薬品など化学工業の発展
  ②化学肥料の輸出、国内でも化学肥料の導入が進む
 (3)アジア第一の工業国
 
4.労働者の増加と戦後恐慌
 (1)労働者の増加
  ①労働力需要の拡大 → 工場労働者の大幅増加
  ②244万人(1909年) → 467万人(1920)
  ③大企業の重工業部門の男子労働者の激増、女子労働者の減少
 (2)戦後恐慌(1920.3)
  ①理由:生産過剰列強の回復国内市場の狭さ
  ②輸出の減少、株価大暴落、綿糸・生糸価格の暴落
 (3)関東大震災(1923.9.1)
  ①相模湾を震源、マグニチュード7.9
  ②被災者340万人、死者・行方不明者14万人、家屋の全壊・焼失57万戸
 (4)震災恐慌
  ①第二次山本権兵衛内閣の成立(1923.9)
  ②モラトリアム(支払猶予令)を出し、債務支払いを30日間延期
  ③震災手形
   関東大震災によって決済不能となった手形
  ④震災手形損失割引補償令
   震災で決済不能の手形は日本銀行が再割引、日銀に損失がでた場合は、政府が1億円を限度に補償 → 実際は4億
  ⑤復興のため輸入は急増、国際収支は赤字となる

第一次世界大戦後の世界

チャゲ

1.パリ講和条約
 (1)平和原則14か条(1918.1)
  アメリカ大統領ウィルソンが発表
  ①秘密外交の禁止
  ②公海の自由
  ③軍備縮小
  ④民族自決
  ⑤国際機関の設立
 (2)第一次世界大戦の集結(1918.11)
  キール軍港の水兵の蜂起 → ドイツ革命
 (3)パリ講和会議(1919.1)
  日本全権西園寺公望
 (4)ベルサイユ条約(1919.6調印)
  ①ドイツの軍事制限賠償金支払い
  ②日本
   1.山東省のドイツ利権の継承 → 中国の返還要求を拒否
   2.赤道以北の南洋諸島の委任統治
 (5)国際連盟の設立(1920)
  ①ベルサイユ条約第一篇が国際連盟規約
  ②日本は常任理事国のひとつとなる
  ③アメリカは不参加、ドイツソ連は参加を認められず
   (のち、ドイツは1926加盟、ソ連は1934加盟)
 (6)ベルサイユ体制
  戦後のヨーロッパ、ドイツの抑制とイギリス・フランスを中心とする勢力均衡の体制
  
2.5・4運動
 (1)5・4運動(1919.5.4)
  ①北京でベルサイユ条約に反対する学生のデモ
  ②中国全土に拡大、講和会議や日本への抗議運動
  ③中国政府は、日本の要求を認めた政府高官を罷免、条約調印も拒否
  ④背景:民族資本家の成長日貨排斥運動の高まり民衆教育の普及
   朝鮮:三一独立運動、インド:ガンジーの非暴力不服従運動
 (2)三一独立運動(1919.3.1)
  京城(ソウル)で独立宣言、200万人以上の参加
  → 朝鮮総督府は武力で弾圧、死者7500人以上
  
3.ワシントン会議
 (1)ワシントン会議(1921.11~22.2)
  ①背景
   各国の社会主義労働運動の高揚
   平和を求める国際世論、第一次世界大戦後の不況
  ②アメリカ大統領ハーディングの提唱
   (目的)
    1.軍縮問題・・・建艦競争の抑止
    2.極東太平洋問題・・・日本の膨張を抑制
 (2)四カ国条約(1921.12)
  ①英・米・日・仏
  ②太平洋諸島の現状維持 → 日英同盟の廃棄
 (3)九カ国条約(1922.2)
  ①英・米・日・仏・伊・ベルギー・ポルトガル・オランダ・中国
  ②中国の領土・主権尊重と機会均等
  ③石井・ランシング同盟の廃棄
  ④日本は山東省のドイツ利権を中国に返還
 (4)海軍軍縮条約(1922.2)
  ①英・米・日・仏・伊
  ②主力艦のトン数制限
  ③米:英:日:仏:伊 = 5:5:3:1.67:1.67
 (5)不戦条約(1928.8)
  ①15カ国
  ②米国務長官と仏外相の名からケロッグ・ブリアン条約ともよばれる
  ③自衛権に基づく戦争、条約に基づく制裁のための戦争以外の戦争の禁止
 (6)ワシントン体制
  ①第一次世界大戦後の東アジア太平洋の国際秩序
   列強の強調の時代
  ②日本も外相幣原喜重郎が協調外交を展開 = 幣原外交

第一次世界大戦

チャゲ

1.ヨーロッパの戦争
 (1)イギリスとドイツの対決
  三国協商(イギリスフランスロシア)
  三国同盟(ドイツイタリアオーストリア)
 (2)オーストリア・ハンガリー帝国とロシアの対決
  → バルカン半島 = 「ヨーロッパの火薬庫」
 (3)サラエボ事件 (1914.6.28)
  オーストリア皇太子夫妻をセルビアの学生が暗殺
  → オーストリアがセルビアに宣戦布告(7.28)
 (4)国民や産業を総動員した総力戦
  植民地への拡大、経済の再編、国民の動員、食料の配給制
  
2.対中国21か条要求
 (1)辛亥革命(1911)
  ①孫文の指導する中国同盟会の結成(1905)
  ②三民主義・・・民族民権民生
  ③武昌蜂起(1911.10.10) = 第一革命
  ④孫文を臨時大統領に中華民国臨時政府の成立(1912.1)
  ⑤清朝は北方軍閥の袁世凱に全権を与える
  ⑥孫文は皇帝の退位と共和制への同意を条件に、大統領の地位を袁世凱に譲る
  ⑦宣統帝溥儀の退位(1912.2) = 清朝の滅亡
  ⑧袁世凱の独裁化への反発(1913.7) = 第二革命 → 失敗
 (2)第一次世界大戦への参戦
  ①大隈重信内閣
  ②「大正時代ノ天佑」(元老 井上馨)
  ③日英同盟を口実に参戦
  ④山東半島上陸(1914.9) ドイツの経営する膠済鉄道を奪う
  ⑤青島陥落(1914.10)
  ⑥南洋諸島占領(1914.10)
 (3)二十一箇条要求(1915.1) → 袁世凱反対
  ①山東省のドイツ利権の接収
  ②南満州東部内蒙古での特殊権益
  ③漢冶萍公司の共同経営 (漢陽・大治・萍郷)
  ④沿岸の湾港島々を他国に割譲しない
  ⑤中国政府に日本人顧問の採用
  → 最後通牒(5/7)、第五号を除いて受諾(5/9) = 中国では国恥記念日
 (4)第四次日露協約
  ①相互の特殊権益擁護を強化
  ②秘密条項で第三国の中国支配を防ぐことを約す
 (5)西原借款(1917.1)
  ①寺内正毅内閣(寺内の私設秘書が西原亀三)
  ②段祺瑞政権に対して、1億4500万円の援助
  ③名目は経済借款、実質は政治・軍事資金に流用
 (6)石井・ランシング協定(1917.11)
  (日本)特派大使 石井菊次郎 × (アメリカ)国務長官 ランシング
  ①アメリカは日本の南満州における特殊権益を承認
  ②日本は中国の領土保全機会均等を承認
  
3.ロシア革命とシベリア出兵
 (1)ロシア革命(1917.11)
  ①レーニンの指導
  ②世界最初の社会主義政権の樹立
  ③ブレスト・リトフスク条約(1918)
   「無併合無賠償民族自決」の原則、ドイツと単独講和
 (2)シベリア出兵(1918.8~22.10)
  ①シベリアのチェコ軍救出を目的に出兵
   目的:シベリアの勢力拡大米騒動による社会不安を外にそらした
  ②7万3000人を東部シベリアに動員
  ③尼港事件(1920)
   黒竜江口のニコライエフスク占領の日本軍はパルチザンに降伏

大正デモクラシー

チャゲ

1.桂内閣と西園寺内閣
 (1)第一次西園寺公望内閣(1906.1〜08.7)
  ①衆議院の最大勢力である政友会を基盤
  ②日本社会党の結成(1906.1) 最初の合法的社会主義政党
  ③鉄道国有法南満州鉄道株式会社の設立
  ④韓国支配と国際協調
  ⑤社会主義運動への対応への批判・財政問題 → 総辞職
 (2)第二次桂太郎内閣(1908.7〜11.8)
  ①藩閥官僚勢力を代表
  ②「戊辰詔書」(1908.10)
   市町村体制の建て直し → 国民に勤労と節約を求める
  ③地方改良運動の推進
   入会地の解消・寺社整理・小学校の統廃合など
  ④大逆事件(1910.5)
   天皇暗殺計画に関与ありとして、幸徳秋水ら12名を死刑
  ⑤「韓国併合に関する条約」の調印(1910.8)
  ⑥新日米通商航海条約の調印(1911.2)
   (外相)小村寿太郎・・・関税自主権の回復
  ⑦工場法の公布(1911.3)
   最低年齢12歳、労働時間12時間など基準は国際水準以下
   → 15人未満の工場は適用外など不備が多い(1916 施行)
 (3)第二次西園寺内閣(1911.8〜12.12)
  ①辛亥革命の勃発(1911.10)
   → 南京に孫文を臨時大総統とする中華民国臨時政府の樹立
  ②明治天皇の死去、大正と改元(1912.7)
  ③陸軍の朝鮮配備の2個師団増設要求を内閣は否決(1912.11)
  ④陸軍大臣上原勇作の帷幄上奏
   → 陸軍は後任者の推薦を拒否 → 西園寺内閣は総辞職(1912.12)

2.第一次護憲運動
 (1)第三次桂内閣の成立(1912.12)
  ①元老は内大臣侍従長の桂太郎を後継に指名
  ②桂は詔勅に頼り、政党・議会を無視
 (2)第一次護憲運動(1912.12〜13.2)
  ①桂太郎の組閣に対し、陸軍・藩閥の専横を批判する運動
  ②「増師反対」・「憲政擁護閥族打破」
  ③中心:尾崎行雄(立件政友会)・犬養毅(立憲国民党)
  ④弁護士新聞記者実業家らの参加、全国各地で憲政擁護大会の開催
  ⑤桂は立憲同志会を結成して対抗 → 停会
  ⑥議会再開(1913.2) → 内閣不信任案を衆議院に提出
  ⑦桂は天皇を動かし、不信任案撤回を策す → 政友会議員総会は拒否
  ⑧護憲派の民衆数万人が議事堂包囲(1913.2/10)
   → 桂内閣は、53日で崩壊(2/11)「大正改変」
 (3)第一次山本権兵衛内閣(1913.2〜14.3)
  ①現役の海軍大将、行政・財政整理推進
  ②軍部大臣現役武官制の現役規定を廃止、
  ③文官任用令の改正、海軍増強
  ④シーメンス事件(1914.1)
   軍艦購入にからむ海軍高官の贈収賄事件 → 内閣総辞職

3.大正デモクラシーの思想
 (1)大正デモクラシー
  ①吉野作造・大山アリオ・佐々木惣一・長谷川コゼカン・石橋タンザンら
  ②明治憲法下において、普通選挙政党政治など民主主義的改革を要求する運動
 (2)『東洋経済新報』(石橋タンザン) 小日本主義
 (3)天皇機関説 美濃部達吉『憲法講話』(1912)
  統治権の主体は国家ではなく天皇、天皇はそれを実現し行使する機関
 (4)民本主義 吉野作造「憲政の本義を説いて其の有終の美を済すの途を論ず」(1916)
  政治の目的は民衆の利福、政治決定は民衆の意向に従うべきこと、普通選挙の実施、政党内閣の実現、軍部大臣現役武官制の廃止などを主張
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